「もっともっと情熱を注いでほしい」西村亮監督インタビュー

任期満了により退任が決まった西村亮監督。1部での優勝や神宮大会制覇、そして2部降格。


写真に笑顔で応じてくださった西村亮監督=東京グランドホテルで(寒川朋子撮影)


硬式野球部後援会の懇親会で今の思いを述べた

動の5年間を振り返っていただくとともに、今の心境を伺った。

―監督としての5年間を振り返って
 結果を求めてやるのも当然大事だが、学生野球なので4年間の大学生活の中で、学生が何かをつかんで社会人になっていくことが一番大事なことだと思ってやっていた。その中で結果が出たときもあるし、出せなかったのは監督の力不足で申し訳ない。僕も学生から刺激を受けたし、お互いに成長ができた5年間だったと思う。

―監督に就任した経緯は?
 前監督がいろいろあって辞任した。僕もそれこそ5年前に東都大学80周年のパーティーがあって、「次誰が監督やるの」なんて半分笑いながら話していた。まさか自分にそんな話が来るとは思っていなかったから「大変なんでしょうねえ」という話をして帰って。そして年末に静岡の実家に帰省するときに、(監督にという)話があるぞ、と言われた。「いやいやそんなの無理ですよ」と。いきなりだった。
―今まで(JR東日本東北での)コーチの経験があったが、初めての監督として苦労したことは
 全然違う。社会人と学生で、仕事として野球をするのかクラブ活動で野球をするのかで意識がやっぱり違う。野球をすること自体は変わらないがまだまだ未熟な大学生なので、そのあたりをどう導いていくかというのは自分自身も経験がなかった。ましてや監督という立場なので、最初はすべてが戸惑いというか、これで良いのだろうかという試行錯誤の連続だった。それはもうずっと5年間頭の中に置いてやってきたので、つらいという表現があっているのかわからないが、正直そういうことに神経を使ったと思う。

―ご自宅でも野球のことを考えていた?
 そりゃあもうどこか頭の片隅に置いていないと。突然事件が起こったりする寮生活だから、そういう所の怖さを感じながら(生活して)いたのかなと思う。帰省して家に帰ったりしているときはもう完全にオフにできるが、それ以外のときはいろいろなことを考えていた。
―いろいろなこととは具体的に
 これだけ世間の目が厳しくなってきているので、不祥事であったり、トラブルに巻き込まれるということもあると思う。そういうことがないようにということや、大学で迷惑をかけていないかということだったり、しっかり学校に行って単位を取れているかという所も気になる。学生に任せなきゃいけない部分も当然出てくるが、卒業しなきゃ意味がないし、野球だけやっていればいいというのは一言も言ったことがない。やって行けているのかなという不安は常にあった。

―学生と接する中で面白かったこと、楽しかったことは?
 成長してくれているのが見えたときは、携われて良かったなと。
―今でも卒業生の方との交流などはあるんですか
 こういうOBと集まれる機会があったりすれば話はするが、野球から離れてしまうと仕事の方が忙しくなって(機会は)あまりない。野球をやっているやつには、練習試合などで会う機会があるので「上手くなってんなあ!」というような声をかけられる。それは楽しみではある。

―印象に残っている選手は?
 個々それぞれに個性を持っているし、試合に出ていなかった選手でも印象に残っているのはいっぱいいる。しかしやっぱり4年間丸々を共にした今年の卒業生と、そのひとつ前の年代の子。その中で今永(昇太。現横浜DeNA)というのは上のレベルに行っても頑張っている。学生の時も確実に一歩一歩成長が見られる子だったから、そこになってしまうかなという気がする。
―優勝や降格など、印象に残っていることは?
 両方。守った入替戦と優勝した神宮大会と、また落ちた入替戦という所はやっぱり(残っている)。毎年秋になると大変な思いをした。
―優勝の後に「優勝よりも降格のプレッシャーの方があった」と仰っていたが
 それはもう常に。安心して、大丈夫だろうなと思った瞬間にだめになると思う。そういうことは僕だけじゃなく、どの監督もいつも考えていることだと思う。

―野球のことよりも、私生活や当たり前のことをやることが大事とも仰っていた
 技術なんて学生は勝手にやる。ちょっとしたヒントであったり、気付いたことは言えるが、持っているものを発揮するには人間力が必要というか、人と人が戦う訳だから、そこでどう競り勝つかは普段からそういった意識をしていかないと(いけない)。僕も学生が終わって、社会人も何年も経験していっぱい見てきたので、そういった部分が出来れば、特別すごいことをしなくても、力が発揮できると思う。
―そのあたり今の野球部全体をどうみるか
 駄目なやつは当然昔もいたし、すごい人もいたし、比較できる問題ではないと思うけれど、一番感じるのは、もっともっと情熱を注いでほしいなということ。こういう世界で生きていきたい、結果を出したいという気持ちを出していかないと、なんとなくやってなんとなく結果が出ればいいや、では絶対にチャンスもつかめない。人それぞれ、気持ちが前面に出る出ないはあるが、そういったものって普段の行動であったり、話す言葉であったりで伝わるものがあると思う。

―1年ごとに選手が入れ替わる中で、結果が求められ、また教育、育成などやることが多いと思うが、その大変さはあったか?
 毎年同じことを言わなきゃいけない部分もあるが、学年が上がっていって、教わってきたことをうまく下に伝えていってくれれば、「そんなこと言われなくても僕らが言っておきますよ」という状態になっていかないとチームって強くならないと思う。ここ1、2年“またこれを言わすか”ということが多々あった。同じ失敗を繰り返している要因はそういう所にあるのかなという思いもあるが、しょうがない部分なのかなという思いもある。
―下級生を起用するのが印象に残っているが
 そう!?(意識は)ない。ただ単にそのときに良い状態の、勝てるかどうかを見て判断しているだけ。そういった所に刺激を受けて4年生、上級生も頑張って欲しいなというのはあるが、下級生を使ってやろうという意識は特にない。勝たなきゃいけないし。
―4番は固定していた?
 その辺の軸はしっかりしてもらわないと、育ってもらわないと困る、という意識があった。

―名門校ということで、OBの方との関係もあったと思うが、良かったことや苦労されたことは?
 大変じゃないことなんてないのでね、何やっても。OBにいろんな話をしていただくけど、最後結果の責任を取るのは自分で、それは(監督に)なった時点で分かっている。当然OBの方がカバーしてくれることもたくさんあったのでプラマイゼロだと思っている。苦労は苦労なのかもしれないけど、だから駄目だ、だから良いということは特に思ったことは無い。

―最後の1年は2部に落ちた後の1年だったが、どんなことを考えていた?
 とにかく(1部に)上げること。それだけです。
―最後の1年のチームにはどんな印象を持っているか
 ちょっとまだ子供だったかなという(印象)。もうひとつ全体が大人になり切れていなかったかな。
―精神的な部分?
そう。力があるのに発揮できない子が多かった。やりこんでいないのかなと思うくらい、大事な所になると腰が引けちゃう感じがしていた。
―来年から新チームになるが、そういった精神的な幼さの改善の兆しは見えていたか
 うーん。これは分からない。こういう結果を受けて、下のやつがどう感じてくれているのか、どういった意識を持っているかは(分からない)。春は学年もチームもガラッと変わるから、このシーズンオフの間にどんな意識を持ってやっていくかで変わると思う。

―1部でこその駒澤というのを私たち自身思っているが、監督はどうお考えか
もう本当にそれしかない。築きあげてきた伝統を崩したくないなと思うし、そういった部分も(選手に)言い続けてきたこと。あとさっきも言った通り、どう自分を表現するかは学生自身。悔しい思いをどれだけ持って、負けたくない気持ちを出すだけだと思う。それは今度来る大倉監督も、駒澤魂を持った人だと思うから言われると思うし、まわりも期待していると思う。期待されていることに応えるのが男だと僕は思うし、そういった所での良い意味でのプライドを持って頑張って欲しい。

―選手と接するときに意識したこと
来てすぐの頃は、距離を早く埋めなきゃいけないと、社会人のコーチと選手という距離感そのまま、今までやってきたことの延長でやろうと思っていた。しかしやるごとに選手も監督として見てきているのが分かるので、そういった所は勝手に意識してしまった部分もある。やっぱり大学野球の監督は太田誠しか僕は見てきていないので、こうあった方が良いかなというのはあったが、特にこれをしなきゃ、こうしていたということはない。自然体で、自分が思ったことは言おうと。取り繕うことなくはっきり駄目なものは駄目、良いものは良いということだけは崩さないように、そこだけ。
―大倉新監督とは何かお話は
 していない。1月にならないと大倉さんも来られないので。新垣コーチは残るので、特に言わなくても(大丈夫)。新垣とはよく話をしていて、来年に関して分からないことは新垣にある程度大倉さんも聞くと思う。選手も信頼関係ができていると思うので心配はしていない。

―監督の今後は
 会社に戻る。
―コーチとして?
 いや、駅員で。1月にならないとどこに配属になるかも決まらない。1回も仕事をしたことがないから、今大学4年生の気持ち。

―監督を退任する中で、丸々4年間関わってきた今の社会人1年目と、4年生とは今後どう関わっていきたいか
 もうただのひとりのOBなので、応援するしかない。教え子だとかそんな意識は持っていない。この先もいちOBとして応援するし、アドバイスできることがあればするしという距離感でいたい。
―これからの駒大野球部に期待すること
 やっぱり強くなってほしい。野球が上手いとかじゃなくて気持ちが。そこは何をやるにも原点だと思うので。我慢する強さもあるだろうし、優しさだって強さだと思う。そういった意味での強さ、男らしさを出してほしい。そうすれば結果はある程度出てくる。結果ばかり求めていては何をしていいか分からなくなるけど、足元をしっかり見据えて生きてほしい。

※失礼な表現で申し訳ないのだが、不器用な方だったのかもしれないと感じた。しかしその言葉には偽りや飾りは無く、西村監督の人間味がとても感じられるインタビューだった。こうした場を設けてくださった硬式野球部後援会の皆様、そして貴重なお時間を頂き、どんな質問にも答えてくださった西村監督、本当にありがとうございました。

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